F-1世界チャンピオンへの道

1987年の中島悟から始まり、現在は小林可夢偉にいたるまで足掛け25年間、11人の日本人ドライバーがF-1シーンに挑んだが未だに1人のチャンピオンも生み出す事が出来ていない。
表彰台に立ったドライバーは、僅かに2名であり、鈴木亜久里と佐藤琢磨だけだ。
このうち鈴木亜久里は、何となく棚ぼたの感があり、もぎ取って表彰台を獲得したのは佐藤琢磨のみと言う寂しさをいかんともしがたい。
いったいなぜこのように日本人はF-1チャンピオンから、もっとも遠いところに位置しているのかと、やや不思議な感じがする。

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この原因は様々言われているが、多分一番の原因はモータースポーツ自体が置かれた日本国内での環境なのではないだろうか。
野球やサッカーなどとは違い、圧倒的に競技者人口が少ないからではないのだろうか。競技者人口が少なければ、言葉は悪いがいい素材が少ないことにも直接的につながるわけだ。また、いい指導者の数もそれに正比例して少ないと言えるのではないだろうか。
ではなぜ、他のスポーツに比べて競技者人口が少ないのだろうかと考えると、ひとつは金銭的な問題が大きい。
モータースポーツは他のどのスポーツよりもお金がかかることは、すでに周知の通りだ。それも、桁違いに大きなお金がかかる。
御承知のようにモータースポーツに使う道具の一番は“マシーン”であり、市販車がベースになっているカテゴリーもあるが、その市販車自体が結構な金額になり、それをマシーンに仕立てる代金は尋常ではない。
従って、金食い虫であることは仕方がないのだ。
まだ無名の選手が、どこからも金銭的な援助を受けられずに、マシーンを調達することは親の援助なしには考えられず、親に理解があって援助をする家庭はごくわずかだと断言しても、決して過言だとは言えないだろう。
まず、これが大きな原因のひとつだと考えられる。

もうひとつの原因は、モータースポーツが日本ではマイナーな地位しか持てないことだ。世界最高峰と言われるF-1ですら、日本国内ではマイナー扱いにすぎない。
バブル期には、様々な日本企業が“走る広告塔”と言われるF-1の冠スポンサーになったりした事もあった。しかし、これは企業が日本国内での広告効果を狙ったものではなく、海外での広告効果をねらっておこなったスポンサー活動だったからだ。
現在では、日本企業がスポンサーになっているチームはひとつもない。ドライバー個人に対して、パーソナルスポンサーになっている例はあるものの、ヨーロッパの企業に比べればその数はあまりに少ない。かえって中国企業の方が、大きなスポンサードをしていることが残念でならない。中国企業の方が、国際的な活動を視野に入れていると言うことなのだろうか。企業力としては、トヨタ・ホンダ・ニッサン・ブリジストン・パナソニック・ヒタチ・IHI・ミツビシ・スミトモ・日石・等など世界的にも大企業と言える企業がひしめいているのにだ。このままでは、企業間の競争でも日本は中国の後塵を浴び続けなくてはいけないことになってしまいかねない。
それはさておき、ヨーロッパではモータースポーツの地位は社会的にもそれなりの地位を得ており、将来有望と思われるドライバーに対してのスポンサー活動も活発だ。
また、競技人口もそれなりに多く存在しているので、登竜門もそれなりの数がある。かく、カテゴリーの登竜門レースで活躍をして名前を知られるようになると、上位カテゴリーのチームから誘いがかかり、こんどはスポンサーがつくと言うかたちをとりやすい。
また、こういう有望な選手にはマネージャーがついて、スポンサー獲得や上位チームとのドライバー契約を取りまとめたりするので、ドライバーの精神的負担は少なく、トレーニングに集中出来るので、フィジカル面での能力向上や維持に対する条件はかなりいい。
日本ではこうはいかず、スポンサー獲得にはドライバー自身も全力で取り組まなくては実現しない、という文化の違いもある。
このようにヨーロッパのドライバーと、日本のドライバーが居る環境や文化の違いは、かなり深刻なほどの違いがあると言える。

また、こういった環境が生んだ差には“カートレース”の存在が大きい。
幼いときから、低料金でカートレースに参加できて、いい成績を残すと自然にレースドライバーになる道が見えてくる、と言う文化の違いもかなり大きいと言えるのではないだろうか。
現在、ザウバーチームで活躍中の小林可夢偉もカートレーサーをスタートにしていた。
今後、日本人ドライバーでもカートレーサーをスタートにする選手が増えてくれば、この地位の向上もあり得るかもしれない。
何事も底辺を育てることが、大きな花を咲かせることにつながるからだ。大いに期待していきたいものだとおもう。

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