「割り込み上等」爆笑車大国:中国の非常識な常識

世界各国の国民性によって、その国々の交通マナーに限らず、道徳観と言うのもは独特なものがあって、他国の人間がそのことを批判することはできないが、自分たちの持つ道徳観と対比してしまうことは仕方のないことだと、前置きをさせていただいて、この項をすすめさせていただきたい。
中国人の交通マナーは(他の事もそうだが)、良く言って自己主張の強さの表れ、普通に表現すると自分勝手な感情表現とでも言えるのだろうか。

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例えば、高速道路などで“出口渋滞”がはっきりと判っている場合、我々日本人は渋滞の最後尾に着けることが常識であり、仮に間違えてしっまた結果“割り込”をしなくてはならない時など、かなり相手に気を使って意志の疎通をはかってからでないと、割り込みを実施しないことが一般的だ。
しかし、多くの中国人の場合は、なるべく前方に割りこむために必死になる。そして周囲も、案外すんなりと割り込みを許してしまうのだ。
しかし、なかには割り込みを許そうとしない人もいる。
これは、道徳心の強い人なのか、より強烈な自己主張をする人なのかは、話した事がないので不明だ。

広東省のある高速道路の料金所での出来事だった。
我々の乗った車は、料金所の順番待ちのため、列の最後尾に着けた。さすがに、料金所で割り込みをする人はほとんどいない、と言うかこの時点までは見たことがなかった。
その我々の横を、1台の車がずるそうにゆっくりでもなく、素早くでもない速度で通過していった。
私は“ああ、割り込みか。料金所でもやる奴がいるんだ”と思って、ちょっと呆れていた。その後いくらたっても車が前に進まなくなったので“変だな”と思って、ドアを開けて外に出て見ると、なんと料金所のブースのところで、割り込みを強行した車が接触事故を起こしていたのだ。
おまけに、ドライバー同士が殴り合いの喧嘩をしている真最中ではないか。割り込みを阻止しようとした車の、左フロントフェンダーに割りこもうとした車の右フロント部が大きく喰い込み、かなり酷い状態だ。

これは割りこもうとした方は、明らかに自己主張(良く言って)を強烈に発揮のであることは理解できるが、阻止しようとした側の心理は判らない。自分の持つ道徳心なのか、或いは割りこもうとした人よりもより強烈な自己主張があったのかは、未だに判らないが、私には後者のように思えてならない。
なぜならば、彼らの文化には他人に気を使うと言うことがあまりないように感じるからだ。

食事をする時に、一般的な飲食店でも、あたりに気を使うことは全くない。大声で、叫ぶようにして会話をしているし、ゴミは床に投げ捨てるし、食物のカス(エビやカニの殻、鳥の骨等など)は、平気でテーブルの上に吐き出す。
おまけにヒエラルキー意識が非常に強い。
日本人ならば飲食店で、お店の人に何かを頼む時には“すいません”・“お願いしま~す”等の言葉で、ファーストコミニュケーションを取るのだが、彼らは“店員、ちょっと来い”と言うフレーズが全てだ。

初めてF-1上海GPが開催されたときに、確かジェンソン・バトンの言葉だったと思うが“上海は素敵な街だが、私はここで運転をしたいとはけっして思わないだろう”と言う台詞が、何となく全てを語っていると思える中国人の交通マナーだ。
良く言って自己主張であり、悪く言えば勝手気ままな行動に過ぎないと、我々日本人の目には映るのだが、バトン達イギリス人にもそう映ったのかもしれない。
小さな接触事故は、日本の大都市の比ではない。
通勤のたった40分程度の間に、事故を見ない日の方が少ない。月に一度以上の確率で大きい事故現場を通過する事も事実だった。
もし、中国に行って車を運転する機会があったら、出来るだけ辞退することをお勧めしたい。
運転する破目になった場合には、充分に気をつけることを重ねてお願いしたいものだ。

中国嫁日記:中国に引っ越します

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